渡部陽一さんはベレー帽を取ったらハゲだったのです。
しかもベレー帽があるときにない時では別人の扱いをされたこともあるそう。
渡部陽一ベレー帽でハゲを隠していた!
バラエティ番組「明石家さんまのコンプレッくすっ杯」で渡部陽一さんが登場。自分のコンプレックスを語るこの番組で、渡部陽一さんは自分のコンプレックスとして薄毛のことを話しました。
渡部陽一さんのトレードマークであるベレー帽を脱ぐと、予想以上にハゲていて、頭にかかっている前髪をかき上げたなら、頭の後ろまでハゲあがっていました。驚く周りの反応を受けて「動揺しています」と渡部陽一さんは苦笑い。
ずっとベレー帽を被っていたので、昔からハゲていたのかと思いきや、2015年の夏から髪の毛が一気に抜けたそうです。もともとハゲていたからベレー帽で隠していたわけでも、ベレー帽を被っていたから、頭が蒸れてハゲたわけでもないようで、2015年の夏になにがあったのでしょうか・・・・。
原因はともかく、ハゲいていると別人のように見えるらしく、パスポートを見せたときなど写真と違うということで、検閲で止められることがあるそうです。止められるだけでなく、カメラを没収されることもあり、取材ができなかったことも少なくないと言います。
ただ、アメリカではパスポートの写真と様子が違っても、「ハゲたから」と知ったなら、手を叩いて喜んでくれ、検閲を通してくれるのだそうです。
渡部陽一さんが話すと、ハゲ1つとっても、真面目な仕事話にも笑えるエピソードにもなるから、さすがですよね。
渡部陽一の話し方がゆっくりなのはなぜ?
AbemaTVの「AbemaPrime」に出演した渡部陽一さんは、戦場カメラマンのことについて、熱く語ったそうです。その内容には、話し方がゆっくりな理由もありました。
カメラマンとあって、写真での伝え方を大切にしているという渡部陽一さんは、言葉の伝え方も気を付けていると言います。言葉が通じなくても、丁寧にきちんと、分かりやすく、ゆっくり話すことで、気持ちが伝わると信じているそうです。幼いころから、ゆっくり話していたこともあり、仕事で意識して話すようになって、さらにゆっくりな独特の話し方になったとのことです。
ゆっくり話すように意識した甲斐があって、言葉の通じない国の人とも、分かり合えることがあるそうです。渡部陽一さんの長年のジャーナリスト仲間は、ふだんはテレビほどゆっくり話さないと言いつつ、基本的にしゃべりが面白く、マイペースなテンポで礼儀正しく語り、感動的なスピーチをすることもあると証言しているので、やはり話し方に特色があるのでしょう。
テレビ番組に出演するときは、事務所の指示があってか、やや誇張した話し方をしているのかもしれません。それでも、芸能人でもないのに、多少演技のようなことができるのは、ふだんから、言葉を大切にして、話し方に気を付けているからなのでしょう。
渡部陽一が戦場カメラマンになった理由とは?
はじめは早稲田大学を志望して、2年浪人したという渡部陽一さんは、結局、明治学院大学法学部に進学しました。弁護士の本を読んで「弁護士、検察官など、人を助ける仕事をしたい」と考え直したからのようですが、大学に入ったら入ったで、一般教養課程の授業で、アフリカの狩猟民族に関心を持ち、そのまま勢いでピグミー族に会いに行ったそうです。
思い立ったら、すぐ行動するタイプなのか、なんの予備知識もなく訪れた、アアフリカのコンゴ民主共和国は扮装真っただ中。そんな状況で間抜けに旅行に来た日本人大学生が見逃されるはずがなく、ルワンダの少年に襲撃されたと言います。カメラなどの私物をすべて捧げて、命からがら帰国したものの、日本でこの話をしても、誰もぴんとこなかったのだそうです。
いくら話しても無駄だ。でも写真を見せれば、伝わるかもしれない、と思って戦場カメラマンになることを決意したようです。それから大学1年生の時から戦場に赴き、熱を入れすぎて大学を2回も留年しながら、試験の時だけ帰国して、なんとか卒業したとのことです。
早稲田大学志望から、大学を変えたり、弁護士検察官を目指すはずだったのがアフリカに飛び立ったり、ころころと進路を変えつつ「これだ」と思ったのが戦場カメラマンだったのでしょうね。それにしても、戦場カメラマンになると決意しつつ、すぐに大学を辞めて世界に飛びだすのではなく、ちゃんと卒業するあたりが、律義な渡部陽一さんらしいです。
渡部陽一の戦場の掟がデマだった
2015年からシリア武装勢力に拘束されていた、フリージャーナリスト安田順平さんが、2018年10月に開放されて、帰国しました。無事な帰国が喜ばれた一方、「自己責任論」が紛糾し、関連して、同じ戦場に仕事へ行く渡部陽一さんの「8つの戦場の掟」なるものがネットで出回りました。
「8つの戦場の掟」は戦場で仕事をするために、渡部陽一さんが自分で決め科したもので、たとえば「ゲリラのひどい地域には近寄らない」「難民キャンプを中心に仕事をする」「ボディーガードは最強の人を雇う」など主に危機管理の対策について書かれています。ただ、1つだけ異色なのは「捕まった奴はジャーナリスト失格」という訓戒のようなものです。
この訓戒のような言葉を、安田順平さんに投げかけるようにして、「ジャーナリスト失格だ」とネットで叩いたり、渡部陽一さんを「本物のジャーナリストだ」と持ち上げたりしました。が、渡部陽一さんと所属事務所は「8つの戦場の掟」は本人が作ったものでない、フェイクだとして、「捕まった奴はジャーナリスト失格」と言ったこともないと、取材で答えたとのことです。
渡部陽一さんは戦場での仕事について「生きて帰ることが大事」「危機管理を徹底する」と語ったことがあるとはいえ、押しつけがましい訓戒のようなことは言ってはなさそうです。取材のスタイルが違っても、同じく命を懸けて仕事する人のことを、どうこう言うことはないのでしょう。
渡部陽一のまとめ
しばらく顔を見ないで、戦場でなにかあったのかと思ったら、ひょっこりテレビ番組などに顔をだして、笑顔を見せてくれる渡部陽一さん。忘れた頃に現れては話題を提供してくれています。
渡部陽一さんはベレー帽を脱ぐと、予想以上にハゲていました。2015年の夏から一気にハゲたらしく、その前からベレー帽をずっと被っていたので、昔から隠していたわけではないようです。
写真の伝え方と同じくらい、言葉の伝え方を大事にしているとのことで、渡部陽一さんはゆっくり話しているようです。ややテレビ向きな演出はしているようとはいえ、基本的に言葉を大切にしているのは違いないでしょう。
大学生になってアフリカに興味を持って、飛び立った先の紛争に巻きこまれたのが、戦場カメラマンになったきっかけのようです。そのときのことを、言葉では伝えきれなかったので、なら写真で、と思ったようです。
フリージャーナリスト安田順平さんが解放されたときに、渡部陽一さんの「8つの戦場の掟」なるものがネットで出回りました。が、所属事務と渡部陽一さんは、本人が言いだしたものではない、フェイクだと言いました。1つの掟「捕まった奴はジャーナリスト失格」も本人の言葉ではないそうです。
渡部陽一さんなら、これからも、なんだかんだで、戦場カメラマンとしても、タレントとしても生き残っていきそうですね。