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赤星憲広の独身なのは引きこもり!引退理由は脊髄損傷が原因だった!

元阪神の赤星憲広さんは脊髄損傷で引退を発表。

引退後は引きこもることが多く、そのためいまだに独身なようです。

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赤星憲広の引退理由は脊髄損傷だった

今では野球選手でも40歳近くまで現役を頑張っている人が多い中、まだ若いといってもいい赤星憲広さんが引退を発表をしました。理由は脊髄損傷で、医師から「一生歩けなくなるかもしれない」と言われたことと、自身が100%力を出せないのなら、という思いがあっての引退の決断だったようです。

ここまでひどい脊髄損傷になったのは、急なことではなく、はじめは2007年に頚椎椎間板ヘルニアと診断され欠場をしたことでした。

その後に試合で守備でのダイブをして、また首を痛め、両足が動かなくて倒れて、このまま動けなくなるんじゃないかと思ったほどの状態だったらしく、仲間に抱き起されても、足がふらついていたようです。

元々、首に爆弾を抱えたような状態でプレイをしつづけて、それでも必死にダイビングキャッチをしたことで、とうとう医師から歩けなくなる危険を指摘されるまでの重症になったというわけのようです。

そうやって綱渡りをするようにプレイしていたことを見せなかったからか、仲間は引退を知って絶句をして「もう1度話し合おう」と引き留めようとしたと言います。金本知憲監督は「そうか。

そういうことにしたんだな」と納得をしてくれたとはいえ、周りは「しかたない」と「病院を変えて可能性を探すべきでは」との意見に分かれているとのことです。

野村克也監督は、折角自分が見出してやったのに引退報告がなかったと怒って、「俺がいい医者を知っているから、まだ引退すべきではない」と言っていたそうですが・・・。

ただ、「可能性を探すべき」という点では、赤星憲広さんは全国の病院を回ったと言いますし、温泉治療を試したり、アメリカの病院にも行ったそうですから、あらゆる可能性を探しつくした結果なのでしょう。

盗塁王に5度もなった赤星憲広さんですが、できるだけ怪我の治療に専念した結果、自分でも惜しみながら、ファンにも惜しまれながら、9年間の野球人生の幕を閉じたようです。

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赤星憲広はいまだに独身で結婚できない理由は引きこもりだから

自宅でコンパをよく開いていたという赤星憲広さんなら、女性にモテるだろうし、いつでも結婚ができそうに思えるところ、いまだに独身だと言います。独身が不思議なことから、その理由について色々と言われているようです。

理由として言われている1つ目が、女性不信だから。自宅でコンパを開くくらいなら、女性へがんがんアプローチしていそうなのに、明らかに金目的で迫られたり、髪を切るなどの当てつけをされたり、婚姻届けを送りつけられたり、逆に女性から過激なアプローチをされてきたようです。そんな経験を経て、女性が怖くなり、結婚どころでないのではないかと言われています。

2つ目の理由がキレやすい性格だから。温厚で誠実と言われる赤星憲広さんですが、球場でのインタビューの時に、マイクが入っているとは知らずに、野次に対して怒鳴り返してしまったことがあるそうです。ただ、これだけでキレやすいとは言えないので、あまり理由にはならないでしょう。

3つ目は、引きこもりだからで、これについては、本人が語っていました。幼いころから野球漬けで、ほとんど休むことがなかったらしく、その反動からか、引退した後は、一人でだらだらしているのが心地いいのだそうです。だから、カーテンも開けずに間接照明だけ点る暗い部屋にこもって、ずっとぼーっとしているのだとか。

そんな1人の時間を邪魔されたくなくて、彼女がいたとして、もちろん一緒に過ごすとはいえ、一人で家にこもる時間は絶対に確保したいとのこと。もし、休みが1日しかない場合は、彼女ではなく、一人で家にこもることを選ぶほどなのだそうです。

本人が語ることだけに、3つ目が結婚できないもっともな理由なのでしょう。野球漬けの反動がかなり大きそうですし、その状態では結婚したいとも思わないでしょうから、赤星憲広さんが結婚できる日は、まだまだ先のようです。

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赤星憲広は盗塁の数だけ車椅子を寄付していた

2018年12月に、アスリートの社会貢献活動を表彰する「HEROs AWARD 2018」の授賞式が行われ、赤星憲広さんが受賞者として現れました。赤星憲広さんは「Ring of Red」といって、車椅子を寄付する社会貢献活動が認められて表彰されたとのこと。

この活動を始めたきっかけは、2001年、足に骨肉腫を抱えた体の不自由な女性ファンとの出会いだったそうで、そんなファンを含めて「プレー以外でもお返しを」という思いがあったそうです。

そこで2003年から盗塁した数だけ、車椅子の寄付を続けて、その数は301台にもなりました。2009年に引退してからも活動を継続して、「赤星基金」を設立し、それから寄付した車椅子の数は648台にも達しているそうです。

受賞に値する社会貢献ですが、活動を始めたころは「偽善」だと非難されることもあったと言います。また、自身も「社会貢献活動をしていること」で目立つのには迷いがあり、受賞したのも嬉しいようで、正直、複雑な思いがあったようです。

が、活動は徐々に認められていきましたし、赤星憲広さんに刺激を受けて、「自分もやろう」という人が出てきたとのこと。阪神タイガースの鳥谷敬選手もその1人で、アジアの恵まれない地域の子供に靴を届ける活動をしていて、昨年に受賞もしました。そして、赤星憲広さんに賞を渡す役目を果たしました。

色々と言われて葛藤がありながらも、こうして他の人が活動をするきっかけに、自分がなれたことは良かったという赤星憲広さん。

それに、なにも車椅子を贈りたいためだけに、盗塁の数を重ねていたわけではなく、プロの野球選手としても、出塁することに拘っていたと言います。出塁率4割も叩きだしていたというのなら、もう「偽善」とは言えないでしょう。

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赤星憲広のまとめ

・今では野球選手でも40歳近くまで現役を頑張っている人が多い中、まだ若いといってもいい赤星憲広さんが引退を発表をしました。理由は脊髄損傷で、医師から「一生歩けなくなるかもしれない」と言われたことと、自身が100%力を出せないのなら、という思いがあっての引退の決断で、全国の病院を回ったり、温泉治療を試したり、アメリカの病院にも行ったりと、あらゆる可能性を探しつくした結果だったようです。

・自宅でコンパをよく開いていたという赤星憲広さんなら、女性にモテるだろうし、いつでも結婚ができそうに思えるところ、いまだに独身だと言います。独身でいる理由について1つ目は女性不信だから、2つ目の理由がキレやすい性格だから、3つ目は引きこもりだからと言われていて、3つ目に関しては、彼女がいたとしても、1人で家にこもる時間は絶対に確保したいと本人が言っているので、これがもっとも大きな理由なのでしょう。

・車椅子を寄付する社会貢献活動を始めたきっかけは、2001年、足に骨肉腫を抱えた体の不自由な女性ファンとの出会いだったそうで、そんなファンを含めて「プレー以外でもお返しを」という思いがあったそうです。そこで2003年から盗塁した数だけ、車椅子の寄付を続けて、その数は301台にもなり、2009年に引退してからも活動を継続して、「赤星基金」を設立、それから寄付した車椅子の数は648台にも達しているそうです。

若く惜しまれすぎる現役引退をしたとはいえ、本人は引きこもりを楽しんでいるようですし、社会貢献活動も継続しているようで、結構、充実しているのかもしれませんね。

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