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プルシェンコの息子サーシャが美しすぎ!嫁はバツイチ!首の傷は?

フィギアスケート選手のプルシェンコの息子サーシャが美しすぎると話題になっています。

さらに嫁はバツイチ。首の傷は手術痕のようです。

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プルシェンコは『ニジンスキーに捧ぐ』で芸術点オール6,0をたたき出した天才

男子フィギアスケート選手で伝説と言われ、日本では「皇帝」とまで称されたエフゲニー・ヴィクトロヴィチ・プルシェンコさんは、今でも当時の演技を見てみるとすごいと言います。

成績はもちろん、2002年ソルトレイクシティオリンピック、2010年バンクーバーオリンピックで銀メダル、2006年トリノオリンピックで金メダル、2014年ソチオリンピック団体戦金メダルと、オリンピックでは銀メダル2個と金メダル2個を獲得。世界選手権では3回も優勝をして、グランプリファイナルでも4回優勝しました。

その強さは、やはりジャンプにあり、7歳でトリプルジャンプを降りて、12歳までにアクセルを含む6種類の3回転ジャンプを習得し、14歳にはすでに4回転を成功させていたと言います。それからは、4回転からのさまざま3連続コンビネーションを、「世界で初めて」という形で次々と披露していったそうです。

ジャンプだけでなく表現力の高さもずば抜けており、女子フィギュアの演技を見て衝撃を受けてからは、ビールマンスピンやスパイラスなど、男子ではあまりやらない柔軟性を活かした技を習得していきました。

そして、男子で初めて、ドーナツスピンを演技に取り入れ、トリノオリンピックではステップでレベル4を獲得。そのころの男子で獲得できたのはプルシェンコさんと高橋大輔さんだけだったとのこと。

2004年世界選手権まで使用されていた旧採点方法式では「6.0」と、満点に当たる点数を、最も多く叩きだした選手だと言われています。しかも始めて叩きだしたのは、16歳のころ。ジャンプでも芸術面でもほぼパーフェクトだったプルシェンコさんは、きっと当時は向かうところ敵なしだったのでしょう。

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プルシェンコの息子のサーシャが美しすぎる

全盛期だったころは、女性から「皇帝」というより「白馬に乗った王子」のように見られて、黄色い歓声をあげられていたほど、美しくかっこよかったプルシェンコさん。そんなプルシェンコさんの息子さんが2013年に産まれたと言います。

フィギアスケートをしているのかも、気になりますが、お父さんに似て「白馬に乗った王子」のような容姿をしているのではないかと、期待してしまうところですね。

息子さんの名前はアレクサンドル・プルシェンコ。愛称はサーシャで、お父さんが開校した「エンジェルズ・オブ・プルシェンコ」に通って、やはりフィギアを習っているようです。

習っているだけでなく、お父さんと世界を回ってアイススケートショーにすでに100回以上出ていて、スポンサーもついているほど活躍しているとのことです。写真を見ると、天使のように美しく、その容姿を活かして、モデルもやっているのだとか。

これからお父さんの背中を負って、フィギア人生を歩んでいくように見えるものの、サーシャ君が憧れているフィギア選手は他にいると言います。それが羽生結弦選手。憧れからアイスショーの演技に羽生結弦選手がしていた技「ランジ」を真似したり、一緒に氷上で「ランジ」をしたこともあるのだそうです。

ついには羽生結弦選手と2ショットも撮り、「ぼくのヒーローといっしょに。世界一のスケーター」とインスタではコメントしてありました。

羽生結弦選手もプルシェンコさんの髪型を一時期、真似していたほど、憧れていて、その息子さんが今度は羽生結弦選手に憧れるという、プルシェンコ家と羽生結弦選手との間ですごいつながりができているようです。

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プルシェンコの嫁はバツイチだった

プルシェンコさんが結婚したのは23歳のときで、お相手はサンテクペテルブルクの有名な実業家の娘さん、マリア・イェルマークさん。2006年には長男のイゴール君を授かったものの、結婚して3年後に離婚をして、イゴール君はお母さんが引き取ったようです。

それから1年半後の2009年に今の8歳年上の奥さん、ヤナ・ルドコフスカヤさんと再婚。プルシェンコさんは、すでに1人子供いる状態のバツイチで結婚したわけですが、奥さんもバツイチで、しかも2人の子供、男の子を引き取っていました。

なので、プルシェンコさんは、自分の子供を含めて、再婚してからは一気に3人もの子持ちになったというわけです。

バツイチ同士の結婚だけでも珍しいですが、お互いに子持ちなのに、よく結婚に躊躇わなかったと思いますよね。ロシアは離婚率が高いので、結婚観がまた違うのか、プルシェンコさんは別に、細かいことを気にしないのかもしれません。

奥さんのお連れ子に、産まれたサーシャ君を含めて3人兄弟を抱える家族になり、プルシェンコ家は幸せそうにしているようです。

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プルシェンコの首の傷は手術痕!9年間の手術遍歴

華麗なジャンプと芸術的なステップで世界を魅了してきたプルシェンコさんですが、その活躍の裏には、9年間の度重なる体の故障による手術の遍歴があったようです。

はじめて体の異変を感じたのは2002年のソルトレイクシティオリンピックでのこと。激痛を感じて、ショートを滑りつつ、フリーは棄権をして、医者にかかったところ鼠径ヘルニアと発覚しました。

そこでドイツの有名な医者に手術でヘルニアを除去してもらい、1ヵ月間のリハビリを経て、その痛みはなくなったそうです。

が、2007年には2006年にトリノオリンピックで金メダルを獲得しながらも翌年に入院。片方の膝の半月板が粉々になって、膿がたまっていました。これもまた手術をして、なんとかなったようです。

ただ2012年には、また半月板が故障し、さらにはもう片方の膝もやられました。ソチオリンピックが2年後とあって、大量の鎮痛剤を飲んで無理をして競技に出ていたものの、ヨーロッパ選手権で優勝してから手術を受け、半月板の損傷部分を切除したなら、半年後にはもう大会に出場。

とはいえ、少しもせずに、椎間板ヘルニアが見つかって手術。このときから腰の支障がでてきたようです。

2013年には椎間板ヘルニアの手術の後の経過が良くなく、ひどい体調不良になりました。あらためて検査してみると、椎間板のヘルニアがすり減っているというひどい状態になっており、そのために、人工椎間板を埋め込み、4本の金属製のボトルで固定したそうです。

2014年には地元で開催されたオリンピックとあって、団体戦の個人で1位になり、これから個人戦というときに、腰に激しい痛みを感じて転倒。そのまま棄権をしました。

どうやら金属製のボトルが折れてしまったらしく、手術ですべてのボトルを取り除いたそうです。

ボトルを体に入れたり、取り出したり、想像するだけでぞっとしますが、その後もプルシェンコさんはリハビリに励んで、競技復帰を目指していたようです。活躍をしているだけ努力もしているとは言うものの、プルシェンコさんの場合は努力の域を超えていそうです。

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プルシェンコのまとめ

・ジャンプでは4回転からのさまざま3連続コンビネーションを、「世界で初めて」という形で次々と披露していき、芸術面でも、男子ではあまりやらない柔軟性を活かした技を習得していき、トリノオリンピックではステップでレベル4を獲得。2004年世界選手権まで使用されていた旧採点方法式では「6.0」と、満点に当たる点数を、最も多く叩きだした選手だと言われています。

・息子さんの名前はアレクサンドル・プルシェンコ。愛称はサーシャで、お父さんが開校した「エンジェルズ・オブ・プルシェンコ」に通いつつ、イススケートショーにすでに100回以上出ていて、スポンサーもついているほど活躍して、写真を見ると、天使のように美しく、その容姿を活かして、モデルもやっているのだとか。

・長男のイゴール君を授かったものの、結婚して3年後に離婚をし、それから1年半後の2009年に今の奥さんの、ヤナ・ルドコフスカヤさんと再婚。プルシェンコさんは、すでに1人子供いる状態のバツイチで結婚したわけですが、奥さんもバツイチで、しかも2人の子供、男の子を引き取っていて、プルシェンコさんは、自分の子供を含めて、再婚してからは一気に3人もの子持ちになったようです。

・華麗なジャンプと芸術的なステップで世界を魅了してきたプルシェンコさんですが、その活躍の裏には、9年間の度重なる体の故障による手術の遍歴があったようです。ボトルを体に入れたり、取り出したり、想像するだけでぞっとしますが、その後もプルシェンコさんはリハビリに励んで、競技復帰を目指していたようです。

親子共演が増えてくれば、世代間を越えて人気が爆発して、より男子フィギアが盛り上がるかもしれないですね。

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