鈴木明子が振付すると選手を潰してしまう?結婚するもすぐ離婚!

元フィギュアスケート選手の鈴木明子さんが振付をすると選手を潰してしますと言われているようです。

さらに結婚するも1年7ヶ月でスピード離婚。

鈴木明子は元フィギュアスケート選手

鈴木明子さんは元フィギアスケート選手であり、遅咲きの選手と言われています。が、フィギアを始めたのは遅くなく、6歳のころから。そのころから才能を買われていて、合宿に参加したり、中学生になると、第1回フィギアスケートノービス選手権大会でAクラスの3位になりました。

高校生になると、さらに躍進して、全日本フィギアスケートジュニア選手権で、上位に入り、ジュニア特別強化選手に選ばれました。全日本選手権でも4位となり、世界の四大大陸選手権に早くも出場していたようです。

高校生からめきめきと活躍しだしたこともあって、東北福祉大学に進学してからは長久保コーチの自宅に下宿をして、もっと本格的な指導を受けることになりました。とはいえ、大学に入って1、2年は環境の変化や摂食障害で体調を崩して、競技会に出れなかったようです。2004年から復帰して、強化選手にまた指定をされたなら、2007年にはユニバーシアード冬季大会で、見事に優勝。

大学卒業後は、長久保コーチのいる名古屋の邦和スポーツランドを拠点にして、この施設を運営している契約社員になったそうです。全日本選手権で上位に食いこんだり、NHK杯で銀メダルを獲ったりしつつ、四代大陸にも7季ぶりに出場するなど、摂食障害を乗り越えて、徐々に結果を出していきました。

24歳になると、全日本選手権で2位になり、バンクーバーオリンピック代表選出、四大大陸選手権で2位と、日本代表として目立つ存在になってきます。バンクーバーオリンピックでは8位入賞を果たし、そのあとも世界の大会で上位に食い込みつづけて、27歳とフィギア選手としては年を重ねているにも関わらずに、世界選手権で銅メダルを獲得。世界国別対抗戦では、個人では2位になり、日本代表の総合優勝に大きく貢献したそうです。

28歳になって、全日本選手権で初優勝。ソチオリンピックの日本代表に選ばれて、28歳での冬季オリンピック代表選出は最年長記録とのこと。ソチオリンピックでは足の魚の目の痛みに悩まされて、8位入賞。それでも、冬季五輪2台回連続入賞という立派な成績を残しました。

29歳にはさいたま市で行われた世界選手権で6位になり、この入賞記録もまた、最年長記録になったそうです。そして、この記録を胸に現役引退を発表。今はプロスケーターの傍ら、テレビやラジオで活動をしています。

2015年からは本郷理華選手の振付師としてデビューをして、続けて他の選手も担当。2017年には日本オリンピック委員会のアスリート委員に選ばれるなど、長い経験を活かして引退してもフィギアに深く関わっているようです。

鈴木明子は結婚生活1年7ヶ月で終了!スピード離婚!

2017年2月に結婚をした鈴木明子さんは、2018年9月に離婚していたことが分かったようです。1年7か月と短い結婚生活だった理由について、記者は鈴木明子さんのお父さん、和則さんに電話取材で聞いたそうです。

お父さんは割烹料理店「和乃家」を営んでいて、そこで、鈴木明子さんとお相手の男性が小学校卒業以来の18年ぶりに再会。あらためて大人になって会ったことで、男性が一目惚れして交際することになり、結婚に至ったようです。

が、結婚について、お父さんは反対まではしなくても、心配をしていたと言います。鈴木明子さんは幼いころからフィギアばかりしていて、家事がそんなにできないのだとか。だから「家事をしてくれて、妻が帰ってきたら『お帰りなさい』と迎えてくれるような男性だと続かない」とお父さんは思っていて、当時は、そういった条件を出したようです。

ただ、やはり男性に家事を求める気持ちがあったのではないかと、お父さんは言って「今度は、ちゃんと娘を理解してくれるか、事前に聞こうと思います」と答えました。鈴木明子さんにも専業主婦になろうかという思いがあったらしいものの、なんだかんだ仕事が忙しくて、お父さんの予想通りの結果になったのでしょう。

スピード離婚したといっても、記者の電話取材には明るく答えてくれたというお父さんは、結婚離婚は気にしていなく、フィギア関連の仕事をしている娘を応援しているようです。

鈴木明子が振付をした選手が大成しないと言われている

小学校高学年からフィギアスケートをしつつ、振付師になることに憧れていたという鈴木明子さんは、引退後に早速、後輩である本郷理華選手のショートプログラム「キダム」の振り付けを担当してデビューをしました。このとき、勢いに乗っていた本郷理華選手は、これで自己ベストを更新。振付師として、幸先のいいスタートを切りました。

本郷理華選手の他にも、山本草太選手、イムウンス選手、横井ゆは菜選手、松井悠良選手、永井優香選手などの担当をしました。選手時代には表現力に定評のあった鈴木明子さんなので、振り付けを教えられた選手の演技を観ていると、手つきなどが鈴木明子さんを思い起こさせるそうです。

「技術より、表現力のアドバイスができたらいい」「本人が気づいていない魅力を引き出せたらいい」という鈴木明子さんは、表現力に重点を置いているようです。そのせいなのか、振り付けをした選手が大成しないとも言われています。

表現力より技術面が重視されるようになったというフィギア大会で、中々表現力で勝負することが難しいところがあるのでしょうか。残念ながら、本郷理華選手をはじめ振り付けをした選手が目立った活躍をしていないようです。

鈴木明子さんのせいだけではないでしょうが、振付師として腕があるのか疑う人もいます。振付師は選手と違って表立って点数をつけられないので、評価するのは難しいのかもしれません。

鈴木明子の実家は料理屋『和乃家』を経営

鈴木明子さんの実家が割烹料理店「和乃家」を営んでいることは、ファンの間では有名なことだそうです。昭和51年に開店して、新鮮なお魚の料理などを提供してくれるお店とのことです。

お店には鈴木明子さんの写真がいっぱい飾ってあると言います。繁盛してか、それとも鈴木明子さんのフィギア活動の資金を稼ぐためか、二店舗あり、愛知県豊橋市にある隠れ家的なお店と、お母さんが切り盛りをしている西駅店。

お店で鈴木明子さんと結婚相手が再会したくらいなので、鈴木明子さんはよく顔を出していたり、知り合いなんかが通っているのかもしれませんね。鈴木明子さんに会えなくても、写真をいっぱい飾って、離婚についても丁寧に話くれたお父さんなら、鈴木明子さんについて、色々と聞かせてくれるかもしれません。

鈴木明子のまとめ

・鈴木明子さんは元フィギアスケート選手であり、遅咲きの選手と言われていますが、フィギアを始めたのは遅くなく、6歳のころからで、そのころから才能を買われていて、合宿に参加したり、中学生になると、第1回フィギアスケートノービス選手権大会でAクラスの3位になりました。摂食障害を乗り越えて、数々の世界選手権で優勝したり、2大会連続冬季五輪出場、入賞を果たすなど、長い経験を活かして引退してもフィギアに深く関わっているようです。

・2017年2月に結婚をした鈴木明子さんは、2018年9月に離婚していたことが分かったようで、1年7か月と短い結婚生活だった理由について、記者は鈴木明子さんのお父さん、和則さんに電話取材で聞いたそうです。「家事をしてくれて、妻が帰ってきたら『お帰りなさい』と迎えてくれるような男性だと続かない」とお父さんは思っていて、条件を出したものの、やはり男性に家事を求める気持ちがあったのではないかと、分析しているようです。

・小学校高学年からフィギアスケートをしつつ、振付師になることに憧れていたという鈴木明子さんは、引退後に早速、後輩である本郷理華選手のショートプログラム「キダム」の振り付けを担当してデビューをしました。これで自己ベストを更新して幸先のいいスタートを切ったものの、振付師として腕があるのか疑う人がいて、振り付けをした選手が大成しないとも言われています。

・鈴木明子さんの実家が割烹料理店「和乃家」を営んでいて、昭和51年に開店して、新鮮なお魚の料理などを提供してくれるお店とのことです。お店には鈴木明子さんの写真がいっぱい飾ってあり、繁盛してか、それともフィギア活動の資金を稼ぐためか、二店舗あり、愛知県豊橋市にある隠れ家的なお店と、お母さんが切り盛りをしている西駅店だと言います。

今度こそ、お父さんの眼鏡にかなう男性と結ばれるといいですね。

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