吉川美代子の若い頃が美人!結婚と離婚歴が2回!田中みな実と確執が

TBSの吉川美代子アナウンサーの若い頃が美人だと話題になっています。

しかし、そんな美人でも結婚と離婚を2回ずつしているバツ2。

そして、田中みな実との確執があると噂になっているようです。

吉川美代子は元TBSアナウンサー!若い頃も美人!

吉川美代子さんは現役TBSアナウンサーだったときはの経歴が輝かしく、若いころは美人で、TBSでは9年ぶりに女子アナウンサーを採用したとうこともあって「TBSの松坂慶子」とまで呼ばれていたそうです。そんなTBSと吉川美代子さんの縁は子供のころからあったと言います。

子供のころ、吉川美代子さんはよくTBSラジオを聞いていて、そのことからアナウンサーに憧れていました。すると偶然にも、吉川美代子さんが入っていた中学校のブラスバンド部がTBSラジオの番組「こども音楽コンクール」に取り上げられることに。

生徒を代表して吉川美代子さんがブラスバンド部を紹介したところ、アナウンサーの山本文郎さんに「すばらしい紹介だったよ。君は将来の吉川アナウンサーですね」と褒められたとのことです。

それから、改めてアナウンサーを目指して、高校生のときは放送部で活動をしました。早稲田大学教育学部に進学すると、成績優秀で大隈奨学金をもらうほどの秀才ぶりを見せつつも、放送研究会には別に入らなかったようです。

そして、いざ大学卒業が近くなるとアナウンサーの夢については「狭き門だし、自分にもコネがないから、現実は厳しそう」と考え、父親が中学教師だったこともあり、中学の社会科教師を目指したのだとか。もちろん、教員試験にも受かりました。

現実的な将来として教師を考えつつ、それでも東京放送(今のTBS)のアナウンサー試験を受けました。3次試験に1分間の自己紹介をすることになって、吉川美代子さんの前に座ったのは、中学のころに出会ったアナウンサーの山本文郎さん。山本文郎さんを見て、はじめに考えていた内容を変えて、中学校のころの山本文郎さんとのエピソードを語ったそうです。

この自己紹介の評価に山本文郎さんに◎をつけてもらい、アナウンサー試験も300倍の倍率をくぐりぬけ、さらには9年ぶりに女子アナウンサーとして採用してもらうことにもなりました。当時は数少なかった女子アナウンサーとして国会記者クラブの記者を兼任するなど、重要な仕事を任されていったようです。

縁が深い山本文郎さんとの親交も続けながら、アナウンサー兼解説委員やTBSアナウンススクール校長、プリンスウィリアムサウンドサイエンスセンター研究員、日本鯨類研究所非常勤理事などを歴任してきて、2014年にTBSを定年退職。退職後もキャスト・プラス取締役(後に退任)京都産業大学現代社会学部の客員教授をやったり、フリーアナウンサーとしてはもちろん、キャスターコメンテーターでも活躍をしつづけています。

吉川美代子は2度の結婚と離婚をしていた!

アナウンサーとしての経歴を見ても、仕事一筋と分かる吉川美代子さんは今は独身なものの、前に2度も結婚、離婚をしたことがあるそうです。

1人目とは29歳のころ結婚。お相手は、同い年の年収1億円以上あると言われるイタリア系アメリカ人の実業家で、吉川美代子さんがアメリカに赴任した時に出会ったそうです。

が、吉川美代子さんの仕事が忙しくすれ違いが多かったことで、1年後には別居、それから半年後には離婚したとのこと。離婚までのスピードは速かったですが、家庭裁判所で調停をするなど、大変な目に遭ったようです。

2人目とは37歳のころ結婚。お相手は7歳年下の古美術商を経営する日本人の男性でした。ただ、このときもやはり吉川美代子さんの仕事の忙しさが理由で、離婚になってしまったようです。

はじめ男性は「仕事をしている君が好き」と言っていたものの、吉川美代子さんが勝手に仕事を決めたりするのに怒ったり、疲れているのに無理に親戚づきあいをさせようとしたり、あまり仕事について理解をしてくれなかったと、吉川美代子さんは語りました。

7歳年下とあって、吉川美代子さんのほうが男勝りなのか、喧嘩になって、風呂上がりの旦那さんを下着1枚で外に追い出したこともあったそうです。

相手がどうこうというより、結婚に向かないタイプなのかもしれません。というのも、元旦那さんとは離婚してからも付き合いがあり、元旦那さんの再婚相手のお子さんとも親しいという、良好な関係を築けているからです。ちなみに吉川美代子さんは2度の結婚の間、8年間にお子さんを授かることはなかったようです。

吉川美代子と田中みな実との間には確執があった

アナウンサースクールの校長もやっていた吉川美代子さんにとって、田中みな実さんも教え子の1人だったそうです。鬼教官と呼ばれていた吉川美代子さんが、とくに田中みな実さんに厳しく指導していたことから、周りからは確執があるように見えていたもあるのでしょう。

が、テレビ番組で吉川美代子さんは田中みな実さんとはメールのやり取りをしているほどの仲で、世間で言われているような確執はないと言いました。「第一、相手にもならない」とのことです。

先輩として、アナウンサースクールの校長として厳しかったのは本当ではあるものの、同時に心配をしていたとも言います。女子アナウンサーがタレント化する傾向にあり、田中みな実さんもまた、その流れに乗ってタレントのように演じているところが合ったと言います。

ただ、好んでタレントっぽくふるまっていたわけではなく、「女子アナウンサーの名を汚したって他の女子アナは怒っているんだろうな」と思い悩んでいたそうです。だから、先輩女子アナとは顔が合わせづらく、そういうところも、大先輩の吉川美代子さんと確執があるように見えていた理由なのでしょう。

田中みな実さんは先輩に対し、引け目を覚えていたようなものの、吉川美代子さんは「若手の中でもニュース読みがうまい」「スタッフ受けがいい」とその腕を買っていたそうです。なので、吉川美代子さんにフリーになった報告がなかったと世間では騒がれているものの、吉川美代子さんは「TBSアナウンサーだったという誇りを捨てずにがんばってほしい」とエールを送ったとのことです。

吉川美代子の愛猫が亡くなる

吉川美代子さんには愛猫がいて、16年間も一緒に連れ添ったそうです。はじめは飼っていたわけではなく、野良猫として通ってきていたと言います。

出会ったのは2000年のこと。住んでいるマンションの前の道で鳴いている茶色のトラ猫を見つけ、あまりに可愛かったので吉川美代子さんは抱きあげてしまいました。

それからというもの、トラ猫は吉川美代子さんの帰りを待つようになり、帰ってくるとそのまま一緒にマンションの部屋に入って、夜を過ごしたそうです。夜ごとに通ってくるハンサムな猫ということで「源氏物語」の光源氏からとって、「ゲン」と名付けたとのこと。

そのうち夜だけでなく、留守中にもゲンが部屋に入れるように、ドアに猫用の専用入り口を作ってやり、吉川美代子さんが帰宅すると部屋で待ってくれているようになりました。そしてお土産に、すずめやハト、昆虫などを持ってきて、さすがに蛇を持ってこられた時は驚いたそうです。

動物好きでゲンに会うのを楽しみにしていたという、吉川美代子さんの両親が相次いで亡くなったときも、ずっと傍にいてくれて、おかげで悲しみと辛さを乗り越えることができたと言っています。吉川美代子さんにとってゲンはかけがえのない存在だったものの、それでも通い猫でいました。

室内飼いをすることに決めたのは、ゲンが足に竹串を差された状態で帰ってきたとき。野良である危険を感じた吉川美代子さんは引っ越しをして室内飼いするようになり、ゲンもはじめは外に出たがっていたものの、だんんだんと2人の生活が落ち着いていったようです。

そうして16年経ち、推定で22歳にもなったゲンは、体がやせ細り、重い病気に次々とかかりました。仕事をしつつも、留守中は動物病院に預けるなど、目をかけつづけて、亡くなる最期の時には、仕事を休んでまで三日三晩ゲンに付き添ったとのことです。仕事一筋の吉川美代子さんにそこまでしてもらったゲンは幸せだったことでしょう。

吉川美代子のまとめ

・中学校のブラスバンド部がTBSラジオの番組「こども音楽コンクール」に取り上げられ、生徒を代表して吉川美代子さんが紹介したところ、アナウンサーの山本文郎さんに「すばらしい紹介だったよ。君は将来の吉川アナウンサーですね」と褒められたとのことです。その後東京放送(今のTBS)のアナウンサー試験を受けたときに、山本文郎さんに審査してもらうことになり、中学校のころの山本文郎さんとのエピソードを語って無事受かったそうです。

・アナウンサーとしての経歴を見ても、仕事一筋と分かる吉川美代子さんは今は独身なものの、前に2度も結婚、離婚をしたことがあるそうです。1人目とは29歳のころ結婚、お相手は、同い年の年収1億円以上あると言われるイタリア系アメリカ人の実業家で、吉川美代子さんがアメリカに赴任した時に出会ったそうで、2人目とは37歳のころ結婚、お相手は7歳年下の古美術商を経営する日本人の男性でした。

・アナウンサースクールの校長をしていて、鬼教官と呼ばれていた吉川美代子さんが、とくに田中みな実さんに厳しく指導していたことから、周りからは確執があるように見えていようです。が、テレビ番組で吉川美代子さんは田中みな実さんとはメールのやり取りをしているほどの仲だと打ち明け、実際に厳しくはしていたものの心配しているところもあり、「若手の中でもニュース読みがうまい」「スタッフ受けがいい」とその腕を買っていたそうです。

・吉川美代子さんには愛猫がいて、16年間も一緒に連れ添ったそうです。吉川美代子さんの両親が相次いで亡くなったときも、ずっと傍にいてくれて、おかげで悲しみと辛さを乗り越えることができたというほどの存在で、ゲンが亡くなる最期の時には、仕事を休んでまで三日三晩ゲンに付き添ったほど大事にしていたそうです。

女子アナウンサーの先駆者と言っていい吉川美代子さんには、今の女子アナに煙たがられても、大先輩として厳しく接していってほしいところですね。

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